今、入院中に羽織っているカーディガンがある。
オットが、旅先の温泉旅館で買ってくれたものだ。
手触りの良い、レーヨンとナイロンでできた、超安いやつ。
明るい茶色で、ところどころ小さい穴が開き始めているが、逝く日までは使い続ける所存♪
モノには思い出がある。
二人で伊豆に旅行したときのことだ。
晩夏。湯ヶ島は少し涼しいくらい。 道沿いに川が流れていて、オットがタクシーの中で、ずっとうずうずもぞもぞしていた。
「おしっこ?」
「いや、なんも。」
と言ってすぐ川を眺める。
やがて旅館に到着するのだが、どうも様子がおかしい。
「どうしたん?」
「ああ、うん。さっきの川でな、こんくらいの魚がはねよったんじゃ」
「ふぅ〜〜〜ん」
それがどうした?みたいな顔であたしはチェックインに集中。魚がはねよったぐらいでなんじゃい。すると突然、
「あ!」
と言ってオットは、窓の外の何かに気づいて玄関を出て行ってしまった。ちょっと!なんなんじゃ?川の方でなんかあったんか?
その時、ふと思い出した。オットは行く先々で水辺を歩きたがる。橋に差し掛かると必ず下を覗き込む。そして、
「いた!魚じゃぞさちこ!ほら!あそこに!」
と叫ぶ。あたしが興味を示すのは、食卓にのぼった焼き魚、煮魚、刺身であって、泳いでる姿ではなかった。しかし、オットは魚が泳いでる姿をみると、興奮するタチだった。
しばらくして帰ってきたオットは、
「すごいぞ!前の川に、こんくらいの魚を釣り上げとった人がいたぞ!」
嬉しそう。。
そうか。
なるほど。
この人は川釣りがしたくてうずうずしとったんやな。目ぇーきらきらさせよってからに。ほんまにもう。
「そんならいきますか?」
「どこへじゃ?」
「早めに着いたんじゃから、ちょっと釣りにつきおうてやろかいのーゆうとるんじゃ。釣竿はここにあります?」
旅館の方もわきまえていらっしゃって、「ございます。餌も600円でございます。」とちゃっかりしとる。
オットのテンションは隠しててもわかるくらい上がっている。はよう釣りとうて気がせいてるけん、玄関の足拭きマットでつまずいてつんのめって。それでも嬉しそうで。
釣竿は一本。あたしは見るだけでいい。意気揚々と川べりまで降りていく。結構歩く。オットはすいすい歩いていく。
到着。
キラキラと輝く水面は美しく、風は少し冷たいが心地よかった。向かい側の岸でも一人釣り人がいて、麦わら帽子と赤いTシャツが似合う若者だった。
オットは?
あら。まだ釣らないの?竿を置いて、太陽を眺めて独り言。
「あ。南はこっちか。となると、入りは、あと1時間。・・・うん。よし。さちこ。ちょっと待ってろ。いや、これ持って、そこに立っとれ。」
そう言って、餌をつけた竿をあたしに持たせて、岩と岩の間の淵に釣り糸を垂らして、自分は旅館に戻っていった。
オットが旅館に入ったと同時に、竿がぎゅーんとしなった。
「きゃーー!!釣れた!釣れちゃったあー!やだー!」
パニックのあたし。オットは戻らない。
「その竿、ゆっくりあげてみて!」
と麦わらの若者。
岩場を軽々と跳び、あたしの元まで。
すかさず竿を渡そうとしたら、それはできない、というジェスチャーで、自分の持っている竿をゆっくりあげる仕草をし、あたしに釣らせようとする。あなたならできる、という表情で。
無理無理無理ーと思いながら、若者の見様見真似でゆっくり上げたら、大きなニジマスさんが釣れた。意外とあっけなく。あたしにもできた!
若者は「大〜〜〜きい〜!!!すげえーー!!まだこんなのいたんや〜!!」
と大感動の様子。あたしはもうその魚に触ることもできずにただぶら下げてるだけ。
そこにオットが走って戻ってきた。「さちこ!でかした!!!!」と言いながら。
若者も、「奥様、すごかったですよ!こんな大物を一人で釣りあげたんです。びっくりしました。」とオットに報告。
二人の男は、一瞬にして友情を分かち合った雰囲気で。あたしはそれがなんだか嬉しくて。
しかも、オットがあたしに手渡したのが、茶色のカーディガンじゃった。
夕方、ここは日の入りが早いじゃろうから寒くなる。と、売店の横にかけてあった服の中から選んできてくれたのだ。
早く釣りたくてうずうずしていたはずなのに、一旦川まで降りてきたのにわざわざ旅館に戻り、あたしの服のサイズも知らないくせに、手を通したらパーフェクトなサイズで。
若者がそばにいることも忘れて、惚れなおしたわ。
で、、、あたしが釣ったそのニジマスは、奇跡のニジマスになった。。。
その理由は、、、オットは1時間粘ったが、全く釣れず。
向かい側で釣る若者はバンバン釣れていて。
何が違うんだろうな〜と思いながら見ていたが、オットはただただ楽しそうで。
「よし!そろそろ温泉つかりにいくべし。一匹釣れたし。これでよし!」
釣ったんはあたしやけど、まあええか。
嬉しそうやし。
と二人でなんとなく韻を踏みながら、奇跡の一匹を大切に持って、オットと手を繋いで一緒に宿に戻り、その夜のご飯には1匹の虹鱒の塩焼き。二人でホクホク食べたなあ。
そんな思い出のカーディガンは、今でもあたしの体温を守ってくれる、オットがあたしのために走って買いにいってくれた、大切な大切な宝物じゃ。誰にも盗られん思い出やけん、遠慮なくここで発表させてもろたよ。ええじゃろ
姪っ子ハルよ。
あたしの最後のおしゃれな白装束にこのカーディガンは必須な。頼んだぞ( ^ω^ )