あたしには協力者がいる。
これまたひょんなご縁で出逢った方で、福井の女性社長。私は彼女のことを勝手にみーちゃんと呼んでいる。(実は漢字は違うが、私の娘と同じ読みの名前じゃった!)
最初はオットとやりとりをしていて、あたしはたま〜に顔を出す程度だったんじゃが、オットを喪って、あたしの元気がどんどんなくなっていく時に、ずっと支え続けてくれたのが彼女じゃった。
LINEを始めることができたのも、みーちゃん。
このブログも実はみーちゃんに作ってもらった。
ラジオドラマの進行も、プロットの直しも、あたしの足りないところを全部サポートしてくれたのは彼女だ。これを発表するまでに、紆余曲折あり2年くらいはかかってるはずじゃ。
ちなみに、現在、映像の会社を経営している野田さん(また会えたときにのバイクの青年)、とは同郷で、地元の経営セミナーで知り合ってのご友人。オットも塾の経営者であったことで、色々繋がってこのご縁ができた。この辺りの話はまたいずれ話そうと思う。
野田さん、みーちゃん、オットの三人でいつも楽しそうだった。あたしは時折仲間に入れてもらいながら、オットの嬉しそうな顔を見るのが好きだった。
なのに、オットは力尽きてしまった。
あたしは孤独地獄に堕ちそうになった。
そこを救ってくれたのがやはり、みーちゃん。
手練手管のやり取りで、まずLINEであたしを笑わせてくれたんじゃ。
みーちゃんの言葉使いと、シールの貼り方は絶妙で、タイミングもその内容も、あたしのツボにはまった。
この人と一緒に会話してると楽しい!打てば響くっ!超可愛いっ!心からそう思った。
特に、毎日の出来事を報告してくれるのが楽しみで、あたしもそれに返信するのが楽しみで、何もできない苦しい日は右手にスマホを持ちながら、ピコーンを待ち続け、来た瞬間に全身の血液が巡り始め、生き返る!というゲーム?をして遊んだもんじゃ。
生気を蘇らせる天才が、みーちゃん。言葉では言い表せないほどの感謝でいっぱいなんじゃ。
そしてもう一人の協力者。ハル。
「ええか。この世の中、本名や会社名を明かしてしまうと、恐ろしいことになるんじゃから、上手にやるんやったら賛成じゃ」と姪っ子ハルにたしなめられつつ初めたこのブログも、最近もアクセスがたくさんあって「読んでくださる人が百人を超えたぞ」とハルからのLINE。
それはすごいことなんかい?
と聞くと、
「すごいとかすごくないとかやないんじゃ。さっちゃんの文章を読んでくださってる人が百人もいてくださることに、感謝せえ言うとるんじゃい。」
と、ハルはあたしに厳しい。厳しいけど、温かい。その通りだ。あたしは、読んでくださる人が一人でもいれば、書き続けるぜとハルにメッセージを返すと、
「さっちゃんのオモロ人生、書き切るまで死んだらあかんけぇな。気合い入れろや」
と震え上がるようなメッセージ。ここでなんかシール使えよハル。言葉だけは怖いけぇやめれーせめて絵文字使えー
とはまだ言えてない。
とにかく、あたしの周りにいる強力な協力者。みーちゃんとハル。この二人のおかげで、テクニカルな部分も、メンタルな部分もあたしの支えになってくれているんじゃ。感謝でいっぱい。二人とも、ありがとござんす〜。
まあしかしな、いつもは当たり前すぎて、自分がこの人に支えられているってこと、思いもよらんことが多いのが普通。
例えば、学生さんは特にそうじゃろうな。
実は、保護者がいて、その保護者にお金を払ってもらって、学校に行けて、服も着れて、ご飯も食べれて、病院にも行けて、遊びにもいける。
バイトしてるもん!自立してるもん!私は一人で生きていけるもん!と思う子らもいるじゃろうが、よくよく考えてみると、結局支えてもらってることに気づく。
誰かがあなたを、支えている人が必ずいて、自立したとしても、誰かが必ず横にいる。これが現実。
引きこもるしか選択肢がなくなって、たった一人で生きている人もいるじゃろう。
同じじゃ。
いつも夜中に行くコンビニの店員さんかもしれん。いつも来ている服も、誰かが作ってくれたもんじゃし、食べてるもんも、工場のおばちゃんがパッケージしてるじゃろうし、ネット環境で外と繋がっていられるのも電線を引いてくれた人がいるからじゃ。
そう考えると、全て、誰かの支えによって、あたしたちは生かされている、と考えた方がいい。
それにはなかなか、気づきにくいもんでな。当たり前に生活しているだけでは、わかりにくい。
病気をすると、わかる。
でも治ると忘れる。
「そんなんわかっとるわ!わかっとるけど甘えるしかないんじゃ。生きるために。」
うん。そう。それでいいと思う。甘えていいと思うんじゃよ。あたしも甘えてみて思う。申し訳ない、ありがたい。
だから結局、甘えさせてくれる人を大好きになる。人ってすごいな、人って優しいな、人って素晴らしいなって思わせてくれる。
これを読んでくださる百人の皆様がいてくれることも、当たり前ではない。でも、あたしからは何もできない。お礼の言葉をかけることしかできない。甘えっぱなしだ。
でも、それでいい。
甘えさせていただく。そのかわり、あたしは自分に今、できることを精一杯やる。
支えてくれる人がいることに気づいたら、次にすることは、自分が支える側になるための成長じゃ。勉強もそのためにする。死を目前にして勉強できたのは、甘えさせてくれた人に、さっちゃんすごいねえとますます甘えさせてもらうためなんじゃここだけの話。。
ということで、皆様、まだまだたっぷり甘えますけぇ、よろしゅうの( ^ω^ )
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