ゾンビさっちゃんのラブ全開!

もうすぐ70歳になる余命宣告を受けたがんサバイバー。 病室でブログを開設!

涙は強い味方じゃ

興奮しとる。

とうとう音声ドラマが始まった。

【第一話】プロローグ(scene01)奇跡のはじまり - また会えたときに


あたしの命が尽きる前にと、たくさんの人の思いが重なって、素敵な企画が動き始め、それが本当に実現してること、つまり、今起きている現実の奇跡を目の当たりにしてるこの時間が貴重すぎて震える。

少し興奮しすぎて、今日は熱が上がってしまった。

あたしの場合、熱が出ると、掌とか、足とかがパンパンに浮腫む。実際はあまりむくんでいるようには見えないのだが、頭の中ではもう、象さんみたいになっているイメージになるのだ。

面白いもので、体って、心の動きと同じで、一進一退。よくなったり、わるくなったり忙しい。最近、良い感じが続いていたので、嬉しくて、これはひょっとするとひょっとするぞー!と思っていたら、またヤナ感じの悪心きたりて我を痛めつける。象になってる自分を想像しながら、はあ、とため息。

しかしな。

音声ドラマ。これが、あたしの生きる力を倍増させてくれている。

こんな片田舎の、しょぼくれた今にも死にそうなおばあちゃんに対して、愛の祈りがたくさん届き、あたしとオットが実際に体験したお話をストーリー仕立てに脚色して、それをプロの脚本家さんが素敵に仕上げてくださり、しっかり読める状態になった。そして、女優の藤田朋子さんがなんと、あたし自身(さちこ)を演じてくださり、、これは夢か?あたしはもう死んでいるのか?すでに極楽浄土に来てしまったのかと思うほど、すごいスピードで企画が進行して今ここ。

福井のみーちゃんの神速の采配と、そこに感応して動いたその道のプロの方々が縦横無尽に走りまわってくださり、不可能かと思われたことを、とうとう実現まで導いてしまった。

余命を宣告されてしまった私としては、本心では、

 

「ごめんね。。ドラマができる前には、もうこの世にはいないの。。そんなに頑張ってくれて嬉しいけど、、天国で聞くけんね。許してね。」

 

と思っていた。

のに!!

第一話のscene01 いわゆるオープニング。プロローグ。奇跡の始まり。スタートしちゃってる!!あたしまだ生きとるやん!!!

そんでもって、あたしが喋ってる!!!いや、あたしちゃうやん。藤田朋子さんじゃ( ̄▽ ̄)大興奮じゃ。。

でな。。

不思議な感覚に浸りながら、自然に涙が流れてきて。

だんだん、嗚咽に変わって来て。。

最後は声を上げて泣いていたわね。

一緒に聞いてくれていたナアスも、あたしと一緒に泣いてくれた。

「よかったねえ。さっちゃんの勇気が、さっちゃんの愛が全国に伝わっていくんじゃねえ。ほーんによかったねえ。(涙)」

あたしは、涙と鼻水とよだれ(口が半開きなんじゃよ)で、ぐちゃぐちゃになりながら、火がついたように泣いた。

泣き疲れた。。子どものように、泣くことにエネルギーを使い果たし、その後一瞬で眠り、起きてまた一話のプロローグを聞き直した。

藤田さんの声は素敵すぎだ。ええ声じゃ。。あたしはもう、条件反射のパブロフ犬状態。涙がまた溢れてきた。誰か止めてええええええ(涙)(涙)(涙)

その時ふっと、

「涙は、浄化作用がある」

とオットに聞いたことを思い出した。


涙。

あたしは、この病院に来て以来、こんなに泣いたことはなかった。痛くても、泣かない。辛くても耐える。苦しい時もあえて笑う。そんな、ど根性で頑張ってきた自負があった。(たまに寂しゅうて泣いたことはあるが)

実は、女優の藤田朋子さんから、ドラマの録音前のスタジオから届いた動画があった。それはもう本当にあったか〜い笑顔で、今の熱い思いをあたしに、ご自身の言葉で届けてくださった。その時に、思わず泣いた。何度もそれを見て、何度も涙を落とした。

泣いた後、決めることができたんじゃ。

どんなに辛うとも、耐え抜いてみせるぞと。無理やり頑張って、耐えるぞ!という意識ではなく、すっきりした気持ちで、前に出るぜ、という感じじゃった。

あたしならいける。涙を味方につけたぜ。

そう思ったんじゃ。

その時、「闘病」という言葉があるが、あたしは何と闘っているかを自分に問うた。

確かに、闘っている部分もあるにはある。薬の副作用に負けない体は、闘うところの盾になる。病魔がどんどん攻めてくるので、それに負けないように医者も自分もそれに対しての防御線と、攻撃の緒を探しつつ、タイミングを見て抗癌で対処する。

それで勝てるかどうかはわからない。わからないから、闘うという言葉でしか、この辛さを表現できないでいる。

闘わないことで勝つことはできないのか。あたしなりの答えが出た。

涙だ。

涙で、この闘いに勝てるかもしれない。

この場合「辛くて流す涙」とは少し違う。

相手にもらったものに対するお返しを、ちゃんとすることができない状態でいる自分が、せめて今できる最大の感謝の印が、涙だったと気づいた。

つまり、相手への感謝の表現な。

しかもそれを流すことによって、脳内に分泌される何かが、明らかに、自分のもってる大切な気持ちを、クリアにわからせてくれるようになる。曇った何かが涙で洗い落とされる感じじゃ。

涙を流す行為によって、この場合心の中は「ありがとう」で埋め尽くされる。

例えば、

まだ何も決まっとらん状態で、藤田さんが時間のないあたしのために即決めて、即動いて、福井まで駆けつけて、3日で80枚の脚本をマイクの前で読み切ってくださったこと。しかも全身全霊で。

それから、この物語を脚本化するにあたって、時間のない中、お忙しい合間を削ってくださり、締め切りに間に合わせてくれて、本当に、どんなに大変だったろうか。岡庭ななみさんにはお礼をしてもし尽くせない。岡庭さんを紹介してくださった会社の社長さんも、すごい。岡庭さんしかこの仕事はできんじゃろうて信頼して任せてくれたに違いない。その気持ちに燃えたからこそ、やり遂げてくださった。素晴らしい会社と、素晴らしい脚本家。そしてそこを見つけてきてくださったイケメンAさん。優しい笑顔で、持ち前の強靭さで、最後まで導いてくださった。

録音する部屋の準備も大変じゃったろうて。殺風景なスタジオを、みーちゃん率いる会社のスタッフ総出で、藤田さんが心地良く録音できるようにと、おもてなしを尽くした。それも短時間で。あ、また泣けてきた。。

そして、それを録音した後にする編集も難しかったはずじゃ。おそらく、録音した音声は、スタジオの風景を見る限り、マイクは別々だとしても、熱いセリフになってくると、相手の言葉が自分のマイクに入り込み、録音されるはず。編集する時、その入り込んだ音を消したり、修正したりしなくては納品不可能になるはず。これを美しい声のままに出せている技術は本当に素晴らしいと思う。

他にも、音楽や、効果音の選別、もしかして、フリー素材とか、有料素材を探しても、それがなかった場合、自分で録音してきて、入れ込んだりしたのではないかと思う。シートベルトを装着するシーンも、編集する方が自分でこっそり録音していたのかもしれない。と思うだけで、その健気さに泣ける。音楽を出すタイミングも、セリフの微妙な間も、それを確定させるために、何度も繰り返し試しては消し、試しては消し、の連続だったに違いない。気が遠くなる作業に頭が下がる。

さらに、まだある。これを全国の皆さんに知っていただこうと、新聞に掲載することも相当大変だったはず。福井のみーちゃんを助けたいと思ってくださる人がまずは、新聞社に掛け合ってくださったはず。素人が新聞社にFAX営業かけても、そうそう受け取ってはもらえない。掛け合ってくださった営業と、それをやりましょう!と決めて動いてくださった記者の方の奮迅もあったと思うんじゃ。

あたしに想像できるのはこれくらい。本当はまだまだ裏側にはたくさんのありがとうポイントが隠れているはずじゃ。

このありがとうの気持ちが充満して、溢れて、それが涙になって落ちていく。

これに関わってくださった皆様の、そしてこれからこれを聞いてくださる皆様の涙がたくさん集まって、大きな力になって、うねりになって、辛い病気で苦しんでいる人々の力になり、コロナで疲弊している人々の心が少しでも明るくなり、一人のおばあちゃんを助けるために動いてくれた全ての人々に恵みの涙雨が降り注ぐことになるはず。

 

これを聞いて、みんなみんな幸せになってくれい!

 

これは普通の物語じゃよ。でも、その中に、大切なものがキラッと光って落ちている。それを存分に拾い上げて、それを誰かに渡してあげてほしい。

この物語で流した涙は、あなたの強い味方になるはず。

あ、そうじゃ。涙は、水でできている。塩もあるからしょっぱい。

地球も7割が水。人間も7割が水。

地球は山海の水が蒸発して雲になり、雨をふらして川になりまた海に出ていく循環じゃ。

人の涙も循環する。感謝で流した涙は、少しずつ人の心に沁み込んでいき、心から心へと循環していく。循環に関わった人々は少しずつ潤っていく。

我々が、こうして生きられている「地球」に感謝しているように、生かしてくれている「人」に感謝できるようになる。

そのきっかけが、始まったと言える。

この続きはまた書こう。

熱くなりすぎて、長くなった。。

最後まで読んでくださって、ほんにありがとう。

また泣き疲れた(●´ω`●)

〜ゾンビより愛を込めて〜

 ▽オットの手記による、実話を元に、ドラマ脚本書きました▽
 いよいよ第一話より配信スタートしました!!

mata-aetatokini.hatenablog.com