ゾンビさっちゃんのラブ全開!

もうすぐ70歳になる余命宣告を受けたがんサバイバー。 病室でブログを開設!

音声ドラマを配信中です <ドラマ制作チームスタッフより>

<ドラマ制作チームスタッフより>

 
 

さっちゃん脚本による「また会えたときに」

 

音声ドラマ化して、1シーンずつの配信がスタートしました。

 

↓の再生ボタンより視聴可能ですので、ぜひお聞きください。

soundcloud.com
 

<Podcastはこちらから> 

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第二話scene01の公開は、6月15日(火)am8:00~を予定しております。

1日1シーン毎にドラマブログのほうで更新してまいりますので、どうぞお楽しみにお待ちくださいませ。
 

まだまだドラマは始まったばかり。これから第二話、三話へと、奇跡の内容が深くなっていきます。

脚本で読むのとはまた違った雰囲気を、藤田朋子さんと、鈴木くまひげさんの、素敵なお声でお楽しみください♪

 


 いよいよ第一話より配信スタートしています!!

mata-aetatokini.hatenablog.com

涙よ、枯れてしまえ

前回の続きじゃな。

涙は強い味方になるというお話を書いていて思い出したことがある。

涙はもしかすると、一言では言い表せないすごい力を持っているんかもしれん。

オットの手帳にそんなことが書いてあったことを思い出して今、探しているところじゃ。


そういえばオットは、あたしと「闘うこと」を一度もしなかった。

闘う意味がないことを知っていたとも言える。

それは、、

あたしを勝たせることで、オットの立場が確保できるから?

あたしが気分良くいることで、オットの気分もよくなるから?

あたしが満足する選択を取っておけば、楽だから?

と、あたしは勝手に思っていたが、それは違った。

 

深いので、全集中で読んでおくれ( ´ ▽ ` )


オットの手帳からの抜粋。

 

さちこの夢はなんだろう。。

夢を閉ざしている理由はなんだろう。。

夢を見れない環境に置いてしまっているのは僕かもしれない。


イライラしている理由はなんだろうか。
聞いても「大丈夫」としか言わない日は

大丈夫じゃない。

朝起きれなかった自分を責めているのか。

弁当のワンパターン。気にしていない
僕の好きなものには違いないから。
実は、いつも同じでも問題ない。

好きだから。

僕の「ちょっと待ってね」
は、さちこにとっては1ヶ月にも思えるらしい。
すぐやろう。

ため息が多い。寝る前に、お互い天井を眺めながら聞いてみよう。
面と向かうと辛い話は難しい

今日も僕の負け。さちこには敵わない。颯爽としてるなあ。
いい表情だ。罰として草むしり2時間。終わったら僕もスッキリ。

でも、でも、でも。これはナシ。言いすぎた。やめよう。

今日は僕が黙ってしまった。さちこの言葉を反芻しすぎた。即答すべし。意味がわからない時は聞けばいい。遠慮する方が悪い

さちこはすごい。「あなた、タッチ」はいおしまい。
見事な喧嘩の終わらせ方。感動した。
タッチの理由。

「あたしのこの辛い気持ちを、あなたの気持ちとタッチ交代」

大胆すぎて笑えた。好きだ。


今日もため息。何が辛いのかがわからない。未来が不安。
「あなた、先にいかないでよ。あたし寂しいのは嫌いなんだから。」
もちろん僕が先に逝くよ。だが大丈夫。寂しい思いをさせないように、今から準備しとる。

また今日も、僕が先に逝くことを極端に嫌がる人。
愛されていることがわかるが、しつこいぞ。
でもありがとうさちこ。

手に力が入らなくなってきている。僕の体の異変をさちこに気づかせている。
不安は増すばかりか。喉の調子もますます悪い。いっそ声帯を取るか。

あなた、死ぬの?

ダイレクトに聞き過ぎだ。かわいいやつめ。

あなたが逝くなら私もじゃ。
残して行ったら許さんけ。
たたってやるけ。な。

って、たたるにはまず死なんにゃおえんぜ

君が怒っても、ちっとも怖くないんだよ。
君の顔は、可愛すぎるんだ。

さちこよ。

君に会えたことでたくさんのいいことがあった。
どれが一番とは言えない。
全てが最高の思い出だ。
下り坂の人生だったのに、登り坂に大転換できた。

そう言ったら君は、登り坂ってしんどいじゃろうが。

だって。

確かに。現実はしんどいかもしれんけど、最高の景色を見るために登る坂がしんどくても楽しいもので、その途中途中で休憩して、木の実を食べながら、木陰で休みながら、お茶を飲み、おにぎりを食べ、また歩き出し頂上を目指す。疲れたら手を繋ぎ引っ張り合い、大きな岩があればどちらから背中を押し、支えて超えていく。

これが僕のいう、登り坂の人生。たのしかろ?

 

そうね。なるほどじゃわ。のぶさん素敵。

 

さちこが死んでしまうかもしれない。


腎臓の調子が悪い。散歩をやめてしまったことが原因かもしれない。
水を飲む習慣を止めてしまったことが悪かったかもしれない。


嫌だ。

さちこの調子が良くない。顔色が黒い。黄疸か?
病院での診断が甘いのではないだろうか。

このままではダメだ。
病院を変えよう。

自分で自分の体のことはわかる。
そういうから信じてきたが、違う。


僕が無理やりでも連れて行かないとダメだ。
一緒に行くしかない。


僕の足よ。
もうしばらく歩かせてくれ。

さちこに僕の命をあげたい。

さちこに僕の力を分けることができないだろうか。
もう少し食べて欲しい。

狂いそうだ。お前が先に逝ってはならん。絶対にダメだぞ。
急激な衰弱。


僕の全てをあげるから。頼むから、生きてくれ。

頼むから、死ぬんじゃない。


死ぬな。

さちこ。


生きろ。

神よ仏よ。大いなる存在よ。いや、もうなんでもいい!

さちこの全ての苦しみを、我に与えよ。

さちこの全ての痛みを、我に与えよ。

それができぬのであれば、各々方の世界を安寧なものにはせぬ。

バチなら、全て我に与えよ。

我が命など、さちこの笑顔の前では極小。

この世界に必要なものを消すな。

我が涙よ枯れてしまえ。

乾き切ったこの身に降る雨は君だ。

枯れてひび割れたこの心にいつも君は豊かな潤いをもたらしてくれた。

君が居なくなったら

僕は全てを喪うことになる。

枯れてしまえ。

涙よ、全て出切ってしまえ。

そうすれば、さちこは帰ってくる。

のぶさあん。いつまでも泣いとらんで。アホやねえ。

と言ってくれる。

 

って、、のぶさあん。。

何が準備しとる。じゃろか。何が枯れてしまえ。じゃろか。アホやねえ。ほんまに。あたしを泣かしてからにもう!


胸が苦しくなるほど、あたしは、この人に、心から、愛されていたんじゃ。

あたしが倒れ、一時危篤にまでなった時期があった。

その時の、オットのメモを、なるべく拾って書き記した。


オットは命をかけて、あたしの健康を祈ってくれたことがわかる。

あたしの代わりに死んじゃったのかも、と思えるくらい。。

あたしと闘うことをしなかったのではなく、闘って勝つ意味がなかった。

だって、あたしのこと、大好きなんじゃもん。

ってこと。


オットが亡くなってから1年と3ヶ月と1日。

ようやく、じっくり手帳を読むことができる今がある。

書いて遺してくれたことで、思い出が鮮明に浮かび上がってくる。

その効果は絶大じゃ。

なんの効果かって?


誰かに好かれることによる、心の充実。

充実していると他人にも優しくなれる。

優しくなると、他人もあたしに柔らかな笑顔を分けてくれる。

その笑顔は連鎖していき、関係ない人まで微笑む。

微笑みは、幸せホルモンを出してくれる。

幸せを感じ続けていると、肌艶がようなってきて気持ちも上がる。

気持ちが上がると化粧でもしようか、となる。

化粧すると、ナアスのテンションが何故か上がる。

テンション上げ上げのナアスの動きは、見ていてすこぶる清々しい。

その空気感の中であたしは心地よう居られることになり、効果絶大。

あたしはまだまだ枯れとらんでの。

たくさんの人が、涙のお裾分けを下さるけえ。

まずます潤って、どんどん溢れて、こうして書く力を頂いとる。



だから、

ありがとう。のぶさん。

あたしも、あなたがそばに居てくれるから、耐えられるぞ。

もう離れんとってよ。

ずっと一緒じゃけの。


〜ゾンビより愛を込めて〜


 ▽オットの手記による、実話を元に、ドラマ脚本書きました▽
 いよいよ第一話より配信スタートしました!!

涙は強い味方じゃ

興奮しとる。

とうとう音声ドラマが始まった。

【第一話】プロローグ(scene01)奇跡のはじまり - また会えたときに


あたしの命が尽きる前にと、たくさんの人の思いが重なって、素敵な企画が動き始め、それが本当に実現してること、つまり、今起きている現実の奇跡を目の当たりにしてるこの時間が貴重すぎて震える。

少し興奮しすぎて、今日は熱が上がってしまった。

あたしの場合、熱が出ると、掌とか、足とかがパンパンに浮腫む。実際はあまりむくんでいるようには見えないのだが、頭の中ではもう、象さんみたいになっているイメージになるのだ。

面白いもので、体って、心の動きと同じで、一進一退。よくなったり、わるくなったり忙しい。最近、良い感じが続いていたので、嬉しくて、これはひょっとするとひょっとするぞー!と思っていたら、またヤナ感じの悪心きたりて我を痛めつける。象になってる自分を想像しながら、はあ、とため息。

しかしな。

音声ドラマ。これが、あたしの生きる力を倍増させてくれている。

こんな片田舎の、しょぼくれた今にも死にそうなおばあちゃんに対して、愛の祈りがたくさん届き、あたしとオットが実際に体験したお話をストーリー仕立てに脚色して、それをプロの脚本家さんが素敵に仕上げてくださり、しっかり読める状態になった。そして、女優の藤田朋子さんがなんと、あたし自身(さちこ)を演じてくださり、、これは夢か?あたしはもう死んでいるのか?すでに極楽浄土に来てしまったのかと思うほど、すごいスピードで企画が進行して今ここ。

福井のみーちゃんの神速の采配と、そこに感応して動いたその道のプロの方々が縦横無尽に走りまわってくださり、不可能かと思われたことを、とうとう実現まで導いてしまった。

余命を宣告されてしまった私としては、本心では、

 

「ごめんね。。ドラマができる前には、もうこの世にはいないの。。そんなに頑張ってくれて嬉しいけど、、天国で聞くけんね。許してね。」

 

と思っていた。

のに!!

第一話のscene01 いわゆるオープニング。プロローグ。奇跡の始まり。スタートしちゃってる!!あたしまだ生きとるやん!!!

そんでもって、あたしが喋ってる!!!いや、あたしちゃうやん。藤田朋子さんじゃ( ̄▽ ̄)大興奮じゃ。。

でな。。

不思議な感覚に浸りながら、自然に涙が流れてきて。

だんだん、嗚咽に変わって来て。。

最後は声を上げて泣いていたわね。

一緒に聞いてくれていたナアスも、あたしと一緒に泣いてくれた。

「よかったねえ。さっちゃんの勇気が、さっちゃんの愛が全国に伝わっていくんじゃねえ。ほーんによかったねえ。(涙)」

あたしは、涙と鼻水とよだれ(口が半開きなんじゃよ)で、ぐちゃぐちゃになりながら、火がついたように泣いた。

泣き疲れた。。子どものように、泣くことにエネルギーを使い果たし、その後一瞬で眠り、起きてまた一話のプロローグを聞き直した。

藤田さんの声は素敵すぎだ。ええ声じゃ。。あたしはもう、条件反射のパブロフ犬状態。涙がまた溢れてきた。誰か止めてええええええ(涙)(涙)(涙)

その時ふっと、

「涙は、浄化作用がある」

とオットに聞いたことを思い出した。


涙。

あたしは、この病院に来て以来、こんなに泣いたことはなかった。痛くても、泣かない。辛くても耐える。苦しい時もあえて笑う。そんな、ど根性で頑張ってきた自負があった。(たまに寂しゅうて泣いたことはあるが)

実は、女優の藤田朋子さんから、ドラマの録音前のスタジオから届いた動画があった。それはもう本当にあったか〜い笑顔で、今の熱い思いをあたしに、ご自身の言葉で届けてくださった。その時に、思わず泣いた。何度もそれを見て、何度も涙を落とした。

泣いた後、決めることができたんじゃ。

どんなに辛うとも、耐え抜いてみせるぞと。無理やり頑張って、耐えるぞ!という意識ではなく、すっきりした気持ちで、前に出るぜ、という感じじゃった。

あたしならいける。涙を味方につけたぜ。

そう思ったんじゃ。

その時、「闘病」という言葉があるが、あたしは何と闘っているかを自分に問うた。

確かに、闘っている部分もあるにはある。薬の副作用に負けない体は、闘うところの盾になる。病魔がどんどん攻めてくるので、それに負けないように医者も自分もそれに対しての防御線と、攻撃の緒を探しつつ、タイミングを見て抗癌で対処する。

それで勝てるかどうかはわからない。わからないから、闘うという言葉でしか、この辛さを表現できないでいる。

闘わないことで勝つことはできないのか。あたしなりの答えが出た。

涙だ。

涙で、この闘いに勝てるかもしれない。

この場合「辛くて流す涙」とは少し違う。

相手にもらったものに対するお返しを、ちゃんとすることができない状態でいる自分が、せめて今できる最大の感謝の印が、涙だったと気づいた。

つまり、相手への感謝の表現な。

しかもそれを流すことによって、脳内に分泌される何かが、明らかに、自分のもってる大切な気持ちを、クリアにわからせてくれるようになる。曇った何かが涙で洗い落とされる感じじゃ。

涙を流す行為によって、この場合心の中は「ありがとう」で埋め尽くされる。

例えば、

まだ何も決まっとらん状態で、藤田さんが時間のないあたしのために即決めて、即動いて、福井まで駆けつけて、3日で80枚の脚本をマイクの前で読み切ってくださったこと。しかも全身全霊で。

それから、この物語を脚本化するにあたって、時間のない中、お忙しい合間を削ってくださり、締め切りに間に合わせてくれて、本当に、どんなに大変だったろうか。岡庭ななみさんにはお礼をしてもし尽くせない。岡庭さんを紹介してくださった会社の社長さんも、すごい。岡庭さんしかこの仕事はできんじゃろうて信頼して任せてくれたに違いない。その気持ちに燃えたからこそ、やり遂げてくださった。素晴らしい会社と、素晴らしい脚本家。そしてそこを見つけてきてくださったイケメンAさん。優しい笑顔で、持ち前の強靭さで、最後まで導いてくださった。

録音する部屋の準備も大変じゃったろうて。殺風景なスタジオを、みーちゃん率いる会社のスタッフ総出で、藤田さんが心地良く録音できるようにと、おもてなしを尽くした。それも短時間で。あ、また泣けてきた。。

そして、それを録音した後にする編集も難しかったはずじゃ。おそらく、録音した音声は、スタジオの風景を見る限り、マイクは別々だとしても、熱いセリフになってくると、相手の言葉が自分のマイクに入り込み、録音されるはず。編集する時、その入り込んだ音を消したり、修正したりしなくては納品不可能になるはず。これを美しい声のままに出せている技術は本当に素晴らしいと思う。

他にも、音楽や、効果音の選別、もしかして、フリー素材とか、有料素材を探しても、それがなかった場合、自分で録音してきて、入れ込んだりしたのではないかと思う。シートベルトを装着するシーンも、編集する方が自分でこっそり録音していたのかもしれない。と思うだけで、その健気さに泣ける。音楽を出すタイミングも、セリフの微妙な間も、それを確定させるために、何度も繰り返し試しては消し、試しては消し、の連続だったに違いない。気が遠くなる作業に頭が下がる。

さらに、まだある。これを全国の皆さんに知っていただこうと、新聞に掲載することも相当大変だったはず。福井のみーちゃんを助けたいと思ってくださる人がまずは、新聞社に掛け合ってくださったはず。素人が新聞社にFAX営業かけても、そうそう受け取ってはもらえない。掛け合ってくださった営業と、それをやりましょう!と決めて動いてくださった記者の方の奮迅もあったと思うんじゃ。

あたしに想像できるのはこれくらい。本当はまだまだ裏側にはたくさんのありがとうポイントが隠れているはずじゃ。

このありがとうの気持ちが充満して、溢れて、それが涙になって落ちていく。

これに関わってくださった皆様の、そしてこれからこれを聞いてくださる皆様の涙がたくさん集まって、大きな力になって、うねりになって、辛い病気で苦しんでいる人々の力になり、コロナで疲弊している人々の心が少しでも明るくなり、一人のおばあちゃんを助けるために動いてくれた全ての人々に恵みの涙雨が降り注ぐことになるはず。

 

これを聞いて、みんなみんな幸せになってくれい!

 

これは普通の物語じゃよ。でも、その中に、大切なものがキラッと光って落ちている。それを存分に拾い上げて、それを誰かに渡してあげてほしい。

この物語で流した涙は、あなたの強い味方になるはず。

あ、そうじゃ。涙は、水でできている。塩もあるからしょっぱい。

地球も7割が水。人間も7割が水。

地球は山海の水が蒸発して雲になり、雨をふらして川になりまた海に出ていく循環じゃ。

人の涙も循環する。感謝で流した涙は、少しずつ人の心に沁み込んでいき、心から心へと循環していく。循環に関わった人々は少しずつ潤っていく。

我々が、こうして生きられている「地球」に感謝しているように、生かしてくれている「人」に感謝できるようになる。

そのきっかけが、始まったと言える。

この続きはまた書こう。

熱くなりすぎて、長くなった。。

最後まで読んでくださって、ほんにありがとう。

また泣き疲れた(●´ω`●)

〜ゾンビより愛を込めて〜

 ▽オットの手記による、実話を元に、ドラマ脚本書きました▽
 いよいよ第一話より配信スタートしました!!

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あたしがこの世に居なかったら?

あたしは元来、わがまま女で、なかなかに手強い。考えすぎて迷宮に入り込んでしまい、抜け出せないイライラで、優しいオットに当たり散らすこともしばしば。オットはよく、こんなあたしの傍若無人さを、我慢し続けてくれたと心底感謝しとる。

「さちこは、さちこの道を行けばええ。そんで、誰も周りにおらんようになったとしても、安心せいよ。必ず、ちゃんと、一人だけそばにおるけんな。」

それはのぶさんあんたじゃろう。とあたしは言ったが、オットは首を横に振ってまた言った。

「その一人は、見えん。見えんが、ちゃんとおるんじゃ。」

神様か何かか?

「そういうもんじゃ。そん時にわかる」

そんな会話をしたことを思い出す。その一人は誰か。

今はわかる。

神様でも、オットの幽霊でもない。


それは、あたしのことじゃ。

あたしのことを、全てあたしが許してる。

自分のことが許せなくて、大嫌いで、自分なんか死ねばいいと思っていた、あの頃。 娘の事故の後な。オットに救われ、野田さんに救われ、福井のみーちゃんに支えられ、今こうして病院で命を永らえていられることは、全て「あたしという存在があったから」なんじゃ。

あたしがこの世に居なかったら、オットはそんなに笑わずに静か〜に生きたじゃろうと思う。

あたしがこの世を去っていたら、天国の娘にこっぴどく叱られたじゃろうと思う。

あたしがこの世を完全に嫌っていたら、野田さんの人形劇を見ても何も感じなかっただろうと思う。

あたしがこの世に居たおかげで、福井のみーちゃんは一念発起して苦労した。そしてその忙しさを幸せと感じたはずじゃ。(のう!みーちゃん( ・∇・))

あたしがこの世でしぶとく生きとるおかげで、病院は正直潤っとる!

全て、あたしが居てこそ、この世界が流れて動いているわけじゃ。


傲慢だと思われるかもしれんが、文章というものは字面で取るだけではわからない感情が入っている。そこを受け取って欲しい。気を悪くされた人、ごめんせぃよう。


そんな自分を自分が許せる。ということな。

つまり、、自分はいつも通り生きているが、もう一人の自分は、いつも通りの自分を観察していて、冷静に言葉を発してくれ、最後はちゃんと理解して許してくれる存在になるということじゃの。

まだわかりにくいのう。

認めてくれたり、叱ってくれたり、ずるしたり、正直でいたり、嘘をついたりと、とにかく、忙しいくらいに自分を気にし続けている毎日。これが普通。

悪いことが起きたり、失敗が続いたりした時、逃げてもいいか、逃げたらあかんか、選択を余儀なくされた時、もう一人の自分が決めても、いつもの自分が決めても、どちらでもいいんじゃ。

結局は自分が決めることになる。

ということは、あたしのことでいうと、今しんどいのも、しんどくなくなってきてるのも、しんどいのを忘れようとしていることも、しんどいことから逃げようとして眠ろうとしていることも、全ては結局自分で選んでいるっていう話じゃ。

 

どれを選んでもいい。選んだ自分が決めたことじゃけ、どんな結論、どんな結果でも受け入れるのが当たり前ってこと。

さっちゃんあんたは強いのう。とたまに言われる所以は多分ここにある。

あの時、あの道を選ばなければよかったんじゃ。あのとき、あの人があっちにいけばいいと言わなければ、道に迷うことはなかった。あの人があたしの人生を狂わせたんじゃ!

となる場合も多い世の中。

あたしもそうじゃった。人のせいにして生きることの簡単なこと。。。

自分を責めなくて済むから、楽なんじゃ。

でも、結局誰に助言をされたとしても、決めたのは全部自分なんじゃよ。

もし間違えた時、どうすればいいか。

簡単じゃ。

もう一人の自分に慰めて貰えばいい。

 


あんたは、あんたなりにようやった。

あの人は誤解したままやけんど、あんたの誠意はいつか届く。

あなたがあそこで決めなかったら、今頃あなたもその周りももっと苦しい道に入っていたよ。それでよかったんじゃよ。

あんたが笑えば、あたしも笑える。

悔しいこともあるじゃろうが、今だけ堪えりゃいい。後からうまいアイスを食べよう。

のぶさんがいなくなってもあんたは生きてる。のぶさんが遺した手帳を読めば、すぐそこに現れてくれるじゃろう。あんたの最大の味方が。

あんたを生かしてくれているのぶさんに、ありがとうを言わんかい。祈りは届くとすれば、きっと天国にも通じとるはずじゃ。

あんたはよう頑張っとる。たまにはしっかり寝て、免疫力を上げにゃおえんぞ。さあ、もっと寝よ!はよう寝よ!

寝て起きるたびに、あんたの病気はようなっていく!

 


もう一人の自分があたしを全力で労い、褒め、応援してくれている。心地よすぎてラブ全開にならざるを得ん。


ファあああああ〜ん。(あくび)

また眠くなってきてしもた。

寝よう。みなさん、おやすみなせい。


またゆるりと更新いたしますゆえ、またいつでも遊びにいらっしゃいね( ^ω^ )

遠慮せんと、コメントも頂戴よ

返せる時に、返していくけんね

(コメント入れるためには、ハテナさんに登録せにゃならんらしいのう。ブログはいずれ書く、という選択をするかしないかは後にすればええけ、もし難儀やなかったら一回登録してみてのう。登録できたら、更新されたら登録されたメールアドレスにお知らせがくるらしい。嫌じゃなけリャあやってみんせえ〜〜)

〜ゾンビより愛を込めて〜

 

 

▽オットの手記による、実話を元に、ドラマ脚本書きました▽
 いよいよ6月10日、音声ドラマになってブログ公開!!

伝道師になるには

ずいぶん間を空けてしもうたの。

ここ数日間、ほぼ夢の中におった。

眠れるんじゃよ。寝ても覚めても、夢の中。

ドクターは、驚いてるわね。

そりゃそうだわ。その間、治療らしい治療はしとらんけんね。

「ぼうっとするアレも、気持ち悪うなるアレもやめとくれよ」

と拒否して2週間くらいは、悶絶の日々じゃったが、自分でも峠を越した感があって( ´∀`)

いや、越してはいないんじゃが、そんな気がするってやつよ。山を登って、登り続けて、ようやく頂上か!と思いきや、まだ先に道があって、少し下って、尾根づたいに更なる上り傾斜が見える、、、まだてっぺんちゃうんかーーーーい!!そんな雰囲気な。

じゃが、確かに前よりは楽!!

だからたくさん記事が書けるぞ!

と思ったら大間違い。


眠い眠い。。。。


目が覚めた途端に眠くなる。

そして、お腹が空く。

さらに、、大量の汗をかく。

極め付けは、声が大きゅうなったともっぱらの噂。

舌はまだもつれるけど、少ししゃべれるようになってきたのもある。


「さっちゃん、あんた、前より顔色ようなっとるわ。。」

といっちゃんがあたしを喜ばせたり、


「どれどれ。お。ほんまやのう。ええ顔になってきとるわ」

と、違う病棟にいるドクター櫻井(仮名)。⇦看護師時代のあたしの弟分

病室を出ていくとき、振り返ってにっこり笑い、

「ブログ、読んどるよーさちこさん。ラジオが楽しみじゃの!」

と声援をくれたり、


隣の病室から、車椅子でわざわざ訪ねてきてくれたのは70過ぎの先輩サバイバー。みんな"先生"と呼んでいる。元、小学校の先生さ。

エアーポッズとは何なんか?」

という質問をしに、わざわざおいでくださる人もおる。ブログの記事の中で、気になったところをそのままにしておけない性格での。超可愛い。


「うん。このエアーポッズはねぇ、こうやって耳につけて(つけさせる)、えーちょっと待ってよ(検索中)。これで、、(再生)どう?」

YouTubeで、都はるみさんの「涙の連絡船」を検索して再生すると、イヤフォンのコードを繋がなくても当時の音源で美しく流れてきて、それが耳に飛び込んでくる。この機能をブルートュースと呼ぶ。

先生(隣の患者さんの愛称ね)は最初びっくりしていたが、聴き進むうち、だんだん涙を滲ませていき、曲の終わりごろに、胸の前で手を合わせてゆっくりお辞儀をされた。

それをみてあたし、

「何か違うのもう一曲聴いてみる?」

うなずく先生。嬉しそう。耳で聴きながら、往年のはるみちゃんをスマホの画面で眺めながら、今、という余生を楽しむ元教師が一人。10曲ほど、あたしのとっておきの懐メロを流して、エアーポッズコンサートじゃ!

もちろん、大満足で戻っていった。ナアスも心得たもんで、あたしがこうして誰かに何かを伝えている時は、黙ってみているか、気配を消して待っている。

「ありがとね。さっちゃん(o^^o)」

というアイコンタクトで部屋を出ていくナアスと、歌い切った(歌ってないけど)充足感のあたし。

「さながら伝道師じゃな。。。」

ふとそう思った。

そうじゃ。伝道師になるには、まず、自分がやってみないとあかん。伝える人になるには、本を読んだり、人に聞いたりしたことを、頭で考えて想像を膨らませて結論づけて、人に話してはならない。その場所に行ったり、それを使ってみたり、実際に体験してみて、それがどれだけおもしれぇことなのかを観察して、繰り返しやってみてだんだんわかってくる。

わかってはくるが、全貌はわからん。

わからんからまた興味を持つ。失敗するときもある。悔しいからまたやってしまう。あたしの場合は、諦めると何となく勿体無いけん、惰性でも続けてしまう。

続けていくうちに、やり方は一つではないことに気づいてくる。

すると、さらに面白うなるもんで、また違う実験が始まる。

人間というものは、こうやって面白がりながら試行錯誤をしながら文化を生み、育み、成長させて、長い時間をかけて大きな文明を作っていったのかもしれん。

そう思うと、「興味を持って面白がる」という人の力というものは素晴らしいと、改めて感動ひとしお。

たとえ、自分が生きているうちにできなくてもいい。自分が人生を賭けて、面白がってやってきたことを継承してくれる人が一人でもできれば、それはもう伝道師じゃ。

人は、それぞれ生きる場所も、育ててもらう親も、出会う友達も、食べるものも、言葉も、肌の色も、心も、体も、頭の中も全部、違う。

だから面白い。だから奇跡が起きる。

数億分の1の確率で出会う友が、面白がって人生を謳歌しているのをみた時、おそらく羨ましいと思うじゃろうて。それを自分も体験してみたい。自分も一緒に楽しんでみたい。自分のために、動き始めるきっかけになる。

そのきっかけが大きくなって、世界の大事業と変化するかもしれない。

人生を謳歌していた友はこの場合、伝道師にあたり、一緒に楽しみたいと思った自分は師の教えを受け取った人。

その教えが、やがて世界を一つにするとは気づかず、さらに言えば、経験を重ねていき、いつの間にか自分が伝道師になっている。

まずは、一緒に楽しむこっちゃ。

誰のためでもない、あ、楽しそう。面白そう。やってみたい。

そう思ったら、伝道師への道が開いたと思えばいい。

素直にやって、続けて、ダメなら次にいけばいい。

人生、ゆるーく、真剣に、面白がって進もうぞ。


と言いつつあたしは眠りの国へ。

(眠りといっても永遠のアレじゃねえ。まだくたばらんでな。安心せえよ〜〜)

〜 ゾンビより 愛を込めて 〜



▽オットの手記による、実話を元に、ドラマ脚本書きました▽
 いよいよ6月10日、音声ドラマになってブログ公開!!

夢とリアルの狭間で

最近、体がだるうてだるうての。

うとうととよう眠るようになってしもうた。

そしてよう夢を見る。


夢の話をしてもだーれも面白くないってことはわかっとる。

わかっとるが、、あまりにもリアルで目覚めた後でも心に深く突き刺さっている夢の中の出来事は、言いたくなる( ´ ▽ ` )

しばらく付き合ってちょ


病院のベッドにいたはずのあたしが、いつの間にか自宅に戻っている。

オットがカレンダーを見て、何か悩んでいる後ろ姿。

あ、生きてたんだ。のぶさん♪


立ったまましばらく動かないから、どうしたん?と声をかけるあたし。

「この丸印、なんだったっけ?」

とある。

6月25日に、誰が書いたのか、大きな赤丸がついている。

「なんだっけ。あたしは書いてないけど」

オットは自分が書いたとも、書いてないとも言わず、悩み続けている。

場面変わって、あたしはスーパーで買い物をしている。近所で書道塾をやっている先生の奥様が優雅な雰囲気でセロリを手に取って戻す。やっぱり手に取るが、やはり戻す。を繰り返している。

あたしは買いたいものを悩む性格ではないので、代わりにそのセロリを奥様の持つカゴにバーンと入れてあげたい衝動に駆られるが、どこか頭の中で、これは夢だけど、夢でもやっていいことと悪いことがあると理性が働く。

買い物から帰ってきても、オットはカレンダーの前で悩み続けている。まだ悩んどるんかい!少しいらっとするあたし。

「25日に何があってもええんじゃない?その日に何があっても、どうせ大丈夫なんじゃから、あなたはここに座って、一緒にお茶を飲む。さ。はい座って。」

あたしは、「どうせ大丈夫」という言葉が好きでよく使った。

結局のところ、何はともあれなんとかなる。という楽天的な意味合いで使う。

大丈夫じゃない状況でも、あえて使うことにしていた。

オットは首をひねりながら座り、諦めきれない顔でお茶をすすった。

「美味い。。」

と微笑んだオットの顔が、急に記憶の糸が見つかったように変貌した。

「ああ!!!」

そして照れたように頭をかいた。

「なんの日?」

聞くと、いや、あの、これは別に、、とモジモジしよる。

年上のお姉さんに対して、何も言えなくなった少年のようなあどけなさと恥じらいがオットの表情に現れた。

『ぬヌ?何を隠しておるんじゃ?』

あたしの妖気に押されたのか、笑顔から真顔になるオット。

いや、これは、たまたま。。

しどろもどろになるオット。

さらに怪しい。

「さちこが、きっと大笑いする日じゃけ、安心しんさい。な。」

大笑いとな?

何を企んどるんじゃ?夢の中で、考える。考えると、面白いもんで、冷静になってきてしまい、夢が覚めていく。

あ、消える。

と思った瞬間に目が覚めた。


結局、、6月25日の怪、として記憶に残った。

今月末、その日が来る。


のぶさんのことじゃ。夢にまで出てきて楽しみにさせたということは、あたしもそこまでしっかり意識をはっきり持って生きねばなるまいて。

さては、、、のぶさん。寿命を延ばしに現れたな?

とまあ、あたしの中の結論はここまで。

本題はここから。いつも前置きが長くてすまんのう。

ということで、つまらぬ夢の話にお付き合いくださった皆様に、朗報じゃ。


このブログを閉じることなくラブ全開で続けられそうでの( ´ ▽ ` )


ありがてえことに、影武者が決定したんじゃよ

以前書いた候補者二人とは違う、全く別のルートから。

その人と約束をした。

「私はオタクで、元不登校で、現在引きこもりで、エブリデイ自殺志願者。でも、さっちゃんのブログを読んで、毎日をありのままで生きようと思った。細かいことが気になって苦しくて、小さいことで癇癪が生まれて、周りの人を傷つけてきた私にできるかしら、と思ったけど。私が引き継ぐしかないと思った。私がさっちゃんの思いを受け取って、受け止めて、受け継いでいけると思った。でも、まださっちゃんのように文章が書けない。もっと勉強したい。その心のリズムで、愛を全開で書き抜くさっちゃんの貫き力は、まっこと驚嘆じゃ。私にもっと教えてつかぁーさい。まだまだ生きてつかぁーさい。私が成長する姿を見せちゃるき。私も福井のみーちゃんのように、さちこさんの娘になりたい。私は両親がもうおらんし、誰も私のことに興味もないし、生きとる意味もなかったのに、さちこさんの文章でやる気の炎がついてしもうた。愛をもろうてしもた。その愛を今度は全開で私が出してみる。出すことがどんなに尊いことか、自分でやってみたい。私がやる。さちこさんの日記を私にも読ませとうせ。約束するき」

熱いのう〜

若いのう〜

可愛いのう〜

あたしの心の琴線に触れまくってきた。

高知弁で表現するところ、、あたしの好みをわかっとるのう〜〜〜

初代はあたし。

二代目の名前は伏せるが、驚きの名前じゃった。この奇遇も何かの運命と思う。

もしかすると、あたしが生きている間にこの子に会うことはないかもしれない。それでもこの子を信じてみる。

あたしが書いた文章を読んでくれて、熱く感じてくれて、それによって行動にまで発展し、ある人を通じて、荒削りだが思いのこもったメッセージをくれた。

私がやる。

と言える度胸に胸が震えたよ。

ありがとう。ほんにありがとう。記事を読んでくれた上に、それに応えようとしてくれた。その素直さが、生きづらさになっておったのかもしれんのう。くるしかったろうに、ようここまで生きていてくれた。こんなふうに「書くことで人の心が動いて、リアルに現実が動いていく奇跡」。まるで夢のようじゃ。

寝ている時にみる夢は、ただの夢にしか過ぎんが、生きているうちにできることを、誰かと心を通わせながら夢を実現させていくのは本当に面白い。

これから彼女とメッセージのやり取りをしばらくしながら、あたしの考え方や、我流じゃが文章の書き方を伝えていこうと思う。

その時がきたら、皆様、温かく見守りつつ、厳しくご指導を頼みますぞ。

前代未聞だからこそ、面白い。

誰もやったことのないことをしてから逝く。

もしこの引き継ぎが成功したら、のれんわけ?も考えてもいいかもしれない。

ゾンビはどんどん増えていかなければならないからの( ^ω^ )

噛まれたい人は手をあげておくれよ

ゾンラブ公認でのハッピーブログ開設のお手伝いをするぜよー!

ま、それはまたいずれの話。⇦夢

まずは今日のリハビリ修行をやり抜く所存ぞ。⇦現実

また会おうぞ❣️




▽オットの手記による、実話を元に、ドラマ脚本書きました▽
 いよいよ6月10日、音声ドラマになってブログ公開!!









やる気の炎をつける人

オットは、思い立ったらすぐ行動の人だったので、あたしはそれについていく(もしくは待つ)のに必死な時もあった。

「明日、大阪行ってくる。」

と言ったまま1週間帰ってこないこともよくあった。

「塾はどうするの?」

「臨時休業!」

そんな簡単に休めるものではないので、あたしが代わりに勉強を見るんじゃけど、チンプンカンプン。学年ごとの教科をそれぞれ、授業で進んでる通りに教えることなんて、到底できない。

でも面白いもので、子どもたちはオットの帰りを待っている間、とてつもなく頑張るのだ。いないときこそ成長する子どもの心理はどういうものなのだろうか。

おそらく、オットに褒めてもらいたかったのだと思う。

いつもは、なかなか進まない問題集の模擬テストの復習に全力を注ぎ込んで、帰るときには放心状態になっている受験生。

漢字を何度書いても覚えられないから同じ漢字を30ずつノートに書いて、必死に覚えていた4年生の男子。

宿題をするだけのために通っている中学生の女子が、突然数学の問題集を狂ったように解き始めたり。。

こんな姿をオットが見たら泣くな。。。と思いながら、あたしはそれを眺めていた。


当時は、学力至上主義の時代。どうしても学校の勉強について来れず、なんとかしてその子のいいところを伸ばしてやりたいと奮闘していたオットは、毎日夜中まで「教育」の勉強をしていた。

ある日、オットは私に聞いた。

「さちこ。学習障害って言葉、知っとるか?」

聞いたこともなかった。知らんねぇ、と答えると、

「孝則(仮名)はこれかもしれん。LDというらしい」

周りからは、なまけ者と揶揄され、読み書きが極端に苦手で、算数も九九は全滅。時計を読むのも一苦労。知的発達の問題ではなく、先天性の機能障害といわれる学習障害。

オットは「学習障害」情報を仕入れようと必死の毎日だった。

色々煮詰まると、オットは急に思い立ったように旅に出たのだ。

大阪に行くと言って出て、1週間後。
戻ってきたオットは、人が変わったような表情で、

「さちこ。わかったぞ!すごいことがわかった!」

と、ノートを私に惜しみなく見せてくれた。

その一部をまとめたので、読んでくりゃれ〜

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大阪、発達障害・学習障害の子どもたちを預かる高校の一室。

塾を運営しているオーナーや、塾頭、室長が集まるセミナー。

講師は有名塾の名物先生、当時その塾のオーナー。

 

セミナーの講師は、これからの塾はいかに金をかけて宣伝して、いかに休みごとの講習で人を集めるか。私立中学校への受験対策は、繰り返し問題集・ドリルをさせ続け、厳しく指導するに限る。スパルタが一番効く。恐怖政治ありきでやるべし。

みたいな内容に終始。押し付けがましい言い方が耳障り。

30分ほどの講義の後、質問コーナー。

一人の若者が立ち上がる。

質問というより、抗議。

セミナーよりも深く熱い、講義。圧巻。

和歌山で経営している塾のオーナーの横に座っている、その部下らしき若者。言葉は丁寧だが、完全に喧嘩腰。食ってかかって面白い。


これからの塾は、いかに、一人一人に対し、心のこもった指導をしていくかにかかっているのではないか、それは講師の人間力にかかっているのでないか、という持論を展開。

生徒が先生の人柄に惚れ込んで、生徒はクチコミで増えて行き、親を巻き込んだ丁寧な面談で、講習のコマ数を適度に提案し、子どものカルテを作り、親へのメッセージも書き、先生が生徒に出来得る全てをやってこそ、効果が上がり、生徒数も増えていく。

あなたが言っていることは、一見正しそうに思えるが、子どもの気持ちがわかっていない。勉強の前に、宣伝活動の前に、ドリルの前に、まず、子どもの気持ちに寄り添うことだ。

子どもは、自分の未来のために勉強してるとは思っていない。未来なんて、わかるはずがない。夢だって、大人が用意したレールでしかない。

子どもは、ただ、身近にいる人の喜ぶ顔を見たくて勉強しているだけだ。

子どもたち、一人一人の声を聞いたことがあるのか?

毎日、机に書き込んでいる落書きを読んだことがあるのか?

子どもが本当にやる気が出る方法を知らずに塾をやっているのは、先生をやっている意味がないのではないか?

熱くたぎる言葉の数々。講師タジタジの爆弾発言を、40人の塾代表の前で話す若者を、和歌山の塾のオーナーらしき人物は腕組みをしながら聞く。

講師は苦し紛れに、

「あんたのゆうてることは、理想やで。そんな理想が可能になれば、そら教育は変わるわ」

という一言で、ようやく、若者のためにオーナーが口を開く。

「その理想が、うちの塾の理念であり、わしらがここに来てる理由や。な。そろそろ帰ろか。子どもたちんとこへ」

若者は、熱くなってしまった頭をガシガシかいて、熱くなり過ぎた自分を恥じて、講師に頭を下げる。

「生意気なことを申しまして、大変失礼いたしました。申し訳ありませんでした。」

その場にいた全員が、一気にその若者のファン。してやられた。

二人は、早々に立ち去っていった。

残された塾のトップたちは、憤然とした講師抜きで懇親会。

これからの塾経営を担う人々の熱い会話は若者に火をつけられたため盛り上がる。

翌日から近畿圏の塾の見学を約束。

大いに学ぶ。

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オットは帰ってくるなり、ノートに書かれてある若者の話を熱く語り、これからの塾経営に大きなヒントをもらって、それを本当に実践していったんじゃ。

今やっていることの正しいところと、そこをもっと良くしていくためにはどうすればいいかと、孝則のために新しいカリキュラムを作ることと。

それを実践した結果、合格率100%の個人塾になった。

ちなみに、そのセミナーの講師の塾は落ちぶれてしまった。つまり消えて無くなった。超有名塾やったが。

一人一人に向き合い、子どもの声を聞き逃さず、小さな表情の変化を見極め、わからないところを何度もやり直し、これからの学びがワクワクできるように、そして勉強をする理由をそれぞれに定め、誰のために、なんのために学びたいのかを決めさせ、子どもたちにやる気の炎をつけていったんじゃ。

炎をつける方は、遠くでチャッカマンをカチカチ操作するのではない。

オットは言った。

「自分が燃えていないとまずはダメなんじゃ。その燃えている状態で、子どものそばに行って、まず子どもを暖めてあげるじゃろ。そうすると、だんだん心が溶けてくるわけだ。溶けてきたら、その子が抱えている問題を拾いまくる。溶けないとしゃべってはくれんからの。

解決できることは、すぐに解決。できないことは一緒に考える。

それでもダメなら親を巻き込む。

それでもダメなら先生に協力していただく。

それでもダメなら、、と、手を尽くす。

そういう大人の姿を見て、子どもは、この人のために頑張りたい。と思えてくる。

この人を喜ばせたい。となるもんで。

そうなると、僕は、もちろん嬉しいし、その頑張ってくれた子を褒めることができる。褒められた子は、また力を出す。いい循環が生まれる。

教育ってのは、難しい。時間がかかる。

心を全部使い切る覚悟が必要じゃ。

でも、諦めずにやり続けることで、未来の日本は明るくなる。」

そう言い放ったオットを、あたしは今でも誇りに思う。

あなたが教えた子どもたちは、今頃きっと、人に教えとるよ。

「人のやる気の炎をつけたいなら、まず自分が先に燃えよ」と。

そして、しっかり燃えて、生きとる。

あたしをゾンビと呼んだナアスもうりちゃん。あんたのことじゃよ( ^ω^ )



▽オットの手記による、実話を元に、ドラマ脚本書いています▽