ゾンビさっちゃんのラブ全開!

もうすぐ70歳になる余命宣告を受けたがんサバイバー。 病室でブログを開設!

フェリーを止めた男 5

フェリーを止めた男が、この人たちの人生に関わったのは、フェリーの1時間と、ホテルのロビーで話したお母さんとの1時間。たった2時間のこと。

それからゆうや君と、ゆうや君を取り巻く人々はどんな人生を歩むのか。それをどうしても確認させていただきたかった。カズさんと、ノブさんに無理を言って、ゆうや君のお母様に会わせていただくことになった。

 

神様に恥ずかしくない生き方

ホテルでの掃除のお仕事が終わった後、お母さんとお話することができた。


「息子のことを人に話すことは、もうないと思っていたのですが、先日大恩人が目の前にいるとわかって、堰を切ったように、感情的に、お話ししていました。話し始めたら、どうしてこんな大切なことを誰にも伝えずに生きてきたのか」

と後悔したと。

息子さん。ゆうや君は、あの事故から明らかに人格が変わったのだそう。

いわゆる、わがままで、聞かん坊で、危ないことを平気でするし、人に迷惑ばかりかけているやんちゃ坊主だったそうで、とにかく困っていたと。あのフェリーでも、興奮して走り回り、手すりをくぐって遊んでいるうちに手を滑らせて落ちてしまった。

「でもあの日を境に、人の心を大事にする、特に、私の気持ちを思いやる優しい子になったのです。」

そう言ってお母さんは、語り始めた。

「私は、旦那に責められ、親に責められ、目を離したことで大事故になった責任を問われ続けました。私も、私自身を責めました。

なんで目を離してしまったのか、悔やんでも悔やみきれませんでした。

助かったから良かったようなものの、もし死んでしまっていたら、、と思うと今でもぞっとします。

そんな私を息子は

「お母ちゃんのせいやない。僕が勝手に飛び込んだんや。僕は誰よりも鉄棒が上手いって先生に褒められたから、いい気になってただけや。お母ちゃんは何にも悪うないで。」

とずっと庇ってくれました。

「そう言われても、私は逆に息子の優しさが辛くて辛くて。最初は。でも息子がそれを本気で言っていることに、ある日気がついたのです。

主人が、晩御飯の時に、息子に対してこう言いました。

「お前の命。お父ちゃんは神様のおかげで助かったと思ってる。神様に恥ずかしくない生き方をせいよ」

息子はこう答えました。

「うん。恥ずかしくない生き方しとるよ。僕は、あの時のこと、全部自分が悪かったって思ってる。自分の行動で、周りにいっぱい迷惑をかけてしまったから、あれからどう生きることが人に迷惑をかけないか、を考え続けとる。

難しいけど、わかったことは、人のせいにしないこと。

人のせいにしてしまうのは簡単や。自分は悪くないと思う方が楽。僕は、お母ちゃんにもっと笑ってほしい。お母ちゃんは、まだ自分のせいやと思っとる。お母ちゃんのせいやないし、周りの人がお母ちゃんに嫌な目を向けるのも変。僕が、勝手に落ちたんや。それが真実やから。

人のせいにしないってことが、僕にとっての恥ずかしくない生き方。」


私は、台所で崩れ落ちました。事故から数年が経って、やっと胸のつかえが下りたのです。涙がこぼれて止まりませんでした。

それから主人も、嫌味を言うこともなくなり、息子に一目置くようになり、家族の雰囲気が良くなっていきました。

息子が高校生になった時、自分も船の仕事に就きたいと言い出しまして、休みの日になると、フェリーに乗りに行ってました。

ある日、

「僕、今日わかったよ!」

と意気揚々と帰ってきたのです。

何がわかったの?と聞いたら、お兄ちゃんが言ってくれた言葉!と言ったのです。

お兄ちゃんてどこのお兄ちゃん?と尋ねると、昔自分を助けてくれたお兄ちゃんだよ、と言うのです。

アンパンマンの歌を一緒に歌って助けてくれた若者のことを思い出しました。感謝しても仕切れない人です。

そのお兄ちゃんが何を言ってたのかを聞いたところ、

「自分の心に正直になれば、そのまま体が動いて、相手との思いが繋がって、神様が応援してくれて、全部うまくいくってこと。まずは”人の心”を大事にすれば、絶対に無理な問題でも解決するんだ。人の心が今日、見えたんだ!」

内容を聞くと、胸が熱くなりました。優しい子に育ってくれていると、涙が出ました。

「僕、今日ね、真っ黒になって一生懸命働いてる人を見てん。その人の顔が、汚れた手で拭いたからあまりに真っ黒で、目と歯だけが白くて、乗客の人に笑われててんな。それを後ろで見てて、だんだん僕の心はお兄ちゃんの言葉でいっぱいになって、勝手にアンパンマンの歌を歌ってた。その歌を聴いてた人達が、僕の嬉しそうな顔を見て笑い、なんかいい雰囲気になって、真っ黒顔の人も、乗客の人たちを笑顔の敬礼で見送ってくれて。みんなが気持ちよくなったんだ。」

と。

従兄弟は、ちょっと顔を前に出して「その真っ黒顔は私でした。」と涙ながらにお母さんにお礼を告げた。

お母さんも涙。私たちも涙。

ストライキになりかけた時も、

「お母ちゃん。僕、会社の嫌われ者になってしまうかもしれんけど、心のままに動いてもええかな」

とポツリと言ったそうで、お母さんは、あんたの思う通りにすればええ。と背中を押したと。

「奇跡は起こりました。人の心を大事にする息子が、会社を動かしたのです。」



誇らしげなお母さんのお顔を見ながら長い時間おしゃべりし、気づいたら夜も遅くなっていた。別れを惜しみつつ、私たちは感無量で帰途につくのだが、従兄弟を家まで送り、ハルの運転の荒さにおののきながらも、旅のふりかえりをしながら我が家へ。

全てが良い時間だった。旅はいいものだ。人と出会い、その人の生き様を生で感じ、その場所で生きてきた情景を垣間見させていただき、我が身の生き方を反省させられ、人間の素晴らしさを体感できる。

くまさんは、日本全国を旅して回る旅芸人。あらゆる場所で、その土地の人と出会い、会話し、時には事件に巻き込まれながら、その時々で小さな善行を重ねている。それはもしかすると、その時は大したことのない出来事かもしれない。

しかし、その出来事を大切にし、その時学んだことを実践で活かし、自分や周りの人生に光を与えている人たちを見るにつけ、その物語をもっと探してみたくなった。




祥子へ

まだ面と向かって言えてはいないが、塾を閉めようと思う。最近声も出なくなってきたのと、残りの人生を、旅で終えたいと思うようになった。この物語をまとめている間中、それを考えていた。あとどれくらい生きられるかわからない。その中で、くまさんがたどった道を、私も歩いてみたくなった。くまさんが出会った人たちを、探したくなった。そんな旅があっても面白いのではないかと思い始めた。

この1年で、さまざまなところからくまさん情報が集まってきたのは、私たちが周りに伝えたからに他ならない。

「水に濡れたら力が出なくなる、、みたいな弱点だらけの人なのに、困っている人がいたらなんとしてでも助けようとしてくれるアンパンマンみたいな人って今までに会ったことある?ぱっと見は、全然かっこよくないんだけど、通り過ぎたら爽やかな香りが残っている、みたいな人。もっと言えば、あの人のおかげで今の自分があるのに、一瞬の出会いすぎて顔が思い出せない人、そんな人のお話を探してます。見つけたらご一報を」

 

この言葉で、従兄弟の思い出を引き当てた。さらに、祥子の洞察力と、質問力でますます過去から現在までの動きが明らかになり、私がそれを記録した。

二人で、くまさんに関わるお話をまとめてみないか?一緒に探さないか?きっと面白いし、いずれそれを書籍化して、いずれは映画化できればもっと面白くなるぞ。

人の心を大事にする

このテーマが、全てのエピソードに入っている物語を、二人で紡ぎ出していく。ライフワークにできる。

どうだろう。



のぶさんへ

誰かの歴史を辿る旅がこんなに面白いとは思わなかった。

くまさんの足跡を辿りたいから、家を売ってしまいたい。

という前代未聞の提案に対しても、あたしは反対しなかったじゃろ?決めてから数年で本当に売り払ってしまったなあ。代々続いた家も、塾も、人に渡し、お金も不動産も、ほとんどを綺麗さっぱり処理し、身軽になって、北海道に行ったり、東北、関東、中部、四国、山陰、山陽、九州、奄美、沖縄と、あらゆる場所に飛んだ。その土地土地で、かなりの聞き込み調査をさせていただいたねえ。

その都度みなさん、びっくりされて。あたしたちは新手のストーカーかと思われたこともあった。ま、近いもんがあるがw

のぶさんが旅先で怪我をして、病院で入院する羽目になったとき、、そこに牛乳を配達に来ている方が、実はくまさんと出会っていたとか、現在小学校の校長先生が、昔の教師時代に出会った人の面白話をしていた内容が、明らかにくまさんだったとか、たまたま入ったラーメン屋での噂話、今はもう伝説となっている屋台ラーメンの話題で、大成功の裏話。その人の神棚に飾られていたものが、くまさんが渡したあるものだったとか、出るわ出るわ。

くま出没情報を得るのは宝くじよりも当たる確率が高かったね。あたしの楽しみじゃったよ。

のぶさん。あたしも動けんようになってしまったけど、これだけありゃあ大丈夫。あなたが遺したもんをしっかり世に出してからそっちにいくけんね。

もう少し、待っといてね。

〜ゾンビより愛を込めて〜

フェリーを止めた男/劇人くまさん

 

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くまさん物語「劇人くまさん」シリーズで読んでね♪
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くまさんがキーパーソンとして登場している物語。
さっちゃん脚本による「また会えたときに」

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